目次
ノートルダムを建てたのは誰?
ノートルダムは一人の有名建築家の作品ではありません。1160年にパリ司教となったモーリス・ド・シュリーの構想で、急成長する首都にふさわしい大聖堂を望みました。シテ島東端にあった古い教会、特に聖ステファノに捧げられた大きなバシリカを取り壊させ、1163年、言い伝えによれば教皇アレクサンデル3世の臨席のもと礎石が置かれました。
設計と施工を担ったのは、中世の建築家である工匠(マスタービルダー)たちです。初期の工匠の名は伝わっていません。後の工匠は名を残しました。ジャン・ド・シェルは1250年頃に北翼廊の正面を設計し(その名は南翼廊の基部に刻まれています)、サン・ドニでも知られるピエール・ド・モントルイユが南翼廊とそのバラ窓を完成させました。14世紀にはピエール・ド・シェルとジャン・ラヴィが後陣、内陣仕切り、フライング・バットレスに携わりました。残りは、名もなき何百人もの石工、大工、ガラス職人、彫刻家、労働者の手によるものです。
いつ建てられ、何年かかった?
工事中も礼拝を続けられるよう、東から西へ段階的に進められました。
- 1163年礎石が置かれ、内陣の工事開始。
- 1182年内陣の主祭壇が献堂。
- 1200〜1220年頃身廊が完成し、西正面の工事開始。
- 1220〜1225年頃西のバラ窓を設置。
- 1250年頃2つの塔が完成。巨大なバラ窓を持つ翼廊を改築。
- 1260年頃大聖堂がほぼ完成。
- 1345年頃最後の礼拝堂とフライング・バットレス。中世の工事が終了。
では、ノートルダムの建設には何年かかったのでしょう?本体で約100年、中世の工事全体で約180年です。工事を始めた人のほとんどは、完成した姿を見ることはありませんでした。
ひとつの建物に刻まれたフランス800年の歴史
- 1239年ルイ9世(聖王ルイ)が茨の冠をパリへ。現在ノートルダムに保管。
- 1431年百年戦争中、イングランドのヘンリー6世がノートルダムでフランス王として戴冠。
- 1455年ジャンヌ・ダルクの復権裁判がノートルダムで始まる。
- 1572年ナバラのアンリ(のちのアンリ4世)が大聖堂前でマルグリット・ド・ヴァロワと結婚。サン・バルテルミの虐殺の数日前。
- 1793年フランス革命中に「理性の神殿」となり、正面の28体の王の像が首を落とされる(多くは1977年に発見され、クリュニー美術館に所蔵)。
- 1804年ナポレオンがノートルダムで皇帝に戴冠。ジャック=ルイ・ダヴィッドが絵画に(ルーヴル)。
- 1831年ヴィクトル・ユゴーが『ノートル=ダム・ド・パリ』を発表し、荒廃した建物を救う運動が起こる。
- 1844〜1864年ラシュスとヴィオレ・ル・デュクが修復し、尖塔、キマイラ、聖具室を追加。
- 1944年パリ解放を祝って鐘が鳴り、マニフィカトが歌われる。
- 2019年4月15日、火災で尖塔と中世の木造屋根組が焼失。
- 2024年12月7〜8日、修復された大聖堂が再開。
あわせて読みたい:ノートルダム大聖堂のガーゴイルとキマイラ:正体・見られる場所・その物語
2019年の火災と再建
2019年4月15日の夜、屋根裏から出火しました。数時間のうちに19世紀の尖塔が崩れ落ち、「森」と呼ばれた13世紀のオーク材の屋根組の大部分が焼失しました。消防士たちは2つの塔と構造体を守り、石造のヴォールトもほぼ持ちこたえました。150か国の約34万人から約8億4,600万ユーロの寄付が集まりました。
再建は、このために設立された公的機関が担い、最後に知られていた姿のとおりに行われました。中世の技法で削った新しいオーク材の屋根組、鉛の屋根、ヴィオレ・ル・デュクのものと同じ尖塔、そして新しい金の雄鶏。ノートルダムは5年の工事を経て2024年12月7〜8日に再開し、2025年には約1,100万人が訪れました。周辺整備など一部の屋外工事は続いています。
ノートルダムは誰のもの?
ノートルダムはフランス国家の所有です。教会財産は革命時に国有化され、1905年の政教分離法が大聖堂の公有を確認し、礼拝のために無償かつ独占的に使用させることになりました。そのため寄付による再建を国が主導し、塔は公的機関である国立モニュメントセンターが管理し、大聖堂の入場は無料なのです。もちろんノートルダムは、パリ大司教座であるカトリックの大聖堂です。
ノートルダムが重要な理由
ノートルダムは初期の大ゴシック大聖堂のひとつであり、フライング・バットレスを大規模に用いた最初期の建物のひとつです。その正面はヨーロッパ中の手本となりました。フランスのすべての道路距離の起点となる青銅の星「ポワン・ゼロ」は、目の前の広場にあります。詳しくは建築と平面図のガイドとノートルダムの豆知識25選で。
ノートルダムの歴史クイズ
答えをタップして確認しましょう。
ノートルダムの建設が始まったのは何年?
礎石は1163年、モーリス・ド・シュリー司教のもとで置かれました。
1804年にノートルダムで皇帝に戴冠したのは?
ナポレオンの戴冠式はジャック=ルイ・ダヴィッドが描きました。
19世紀に大聖堂を救うきっかけとなった小説の作者は?
『ノートル=ダム・ド・パリ』(1831年)が修復運動を起こしました。
現在ノートルダムを所有しているのは?
所有者は国で、カトリック教会が礼拝のために独占的に使用しています。
よくある質問
ノートルダム大聖堂を建てたのは誰ですか?
創建者はモーリス・ド・シュリー司教で、ジャン・ド・シェル、ピエール・ド・モントルイユ、ピエール・ド・シェル、ジャン・ラヴィら何世代もの工匠と、名もなき何百人もの職人が建てました。
ノートルダム大聖堂はいつ建てられましたか?
本体は1163年から1260年頃まで、工事は1345年頃まで続きました。
ノートルダムの建設に何年かかりましたか?
本体で約100年、中世の工事全体で約180年です。
ノートルダム大聖堂は築何年ですか?
1163年の着工から数えて、2026年時点で約863年です。
ノートルダムの建築家は誰ですか?
一人の建築家はいません。最初の工匠は不明で、ジャン・ド・シェルやピエール・ド・モントルイユら後の工匠が翼廊の正面やバラ窓を設計しました。尖塔は19世紀にヴィオレ・ル・デュクが設計しました。
ノートルダムはカトリックの大聖堂ですか?
はい。パリのカトリック大聖堂で大司教座ですが、建物はフランス国家の所有です。